廃墟と無口な造形群

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目白にはたぬきがいる。

date: 2013.02.01

category: 閑話休題

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こだぬきです。
数年前、道端でたぬきに遭遇しましたポン。
東京都豊島区目白。界隈のごく少数の人から、「たぬきを見た」という話を聞いたことはあったものの(こんな都会にたぬきなんている訳ないポン・・・)と目白にたぬきが住んでいる口伝否定派だったこだぬきが、ある夏の夜、目白と高田馬場の間の月明かりに照らされた坂道の途中でついにたぬきに遭遇し、それから「本当に狸はいるんだ」という確信に至った話・・・

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目白から高田馬場への道。
当時のバイト先や、通っていた稽古場などの関係で、何度となく通った道だ。
緩やかな下り坂になっていて、自転車で通る時はブレーキを全開にしてサーッと滑り降りていくのが気持ちいい。
住んでいたのも界隈だったので、自転車で通過することの多い坂道だったが、その日はどうしてだったか歩きだった。天気が悪かったわけでもなく、晴天の夜。自転車で滑り降りたら1分やそこら、歩いていくとまあそれでも大体5分かかるかかからないかくらいの短くも長くもない坂道。左手は学習院大学の敷地で、鬱蒼とした森のような空間が続いている。右手は閑静な住宅地。ちょっと高級そうな大きなマンションなどが立ち並んでいる。坂のふもとのファミリーマートの、緑色の明かりだけがポウッと光って見える、人通りの少ない静かな通りだった。

その日もたぶんバイトに向かう途中で、坂道をてくてくと高田馬場方面に向かって歩いていた。
(猫かな・・・)
初めに‘そいつ’が目に入った時はそう思った。
(猫にしてはちょっと大きいな。犬か・・・?)
歩みを進め、判然としない姿の‘そいつ’に近づいていく。
(・・・狸だ。)
―気づいた時、世界が一瞬はたと止まった。
(狸・・・狸、だよな・・・夢を見てるんだろうか、化かされてるんだろうか、こんな・・・都会に・・・豊島区に狸なんて・・・)
と止まった世界で考えを巡らせ、狸と目が合ったまま互いに静止すること数秒。
(そ、そうだ、写メだ!こんな記念は写真に撮らねばッ!た、狸に遭遇した記念をッ!そして証拠をッ・・・!)
そう思い、かばんから携帯電話を取り出そうとした瞬間―

チッタカチッタカター

狸は軽快に目の前を走りぬけ、左手に広がっている学習院大学の森の中へと消えていった。
(あ!狸・・・!!!)
そう思ったのも束の間、そこはいつもの坂道で、二車線の車の走る道路で、豊島区で、目白で。頼りなげに光るファミリーマートの明かりと、月明かりが照らす坂道には、もう今出会った狸の気配はきれいに掻き消えていた。
(狸だ・・・狸は本当にいたんだ・・・目白に、学習院大学に住んでいるのだ・・・)

それは夢を見ているようなほんの数秒の出来事で、界隈の人に話しても、かつての自分のように「目白に狸なんて・・・」と信じてくれない人がたくさんいた。しかしその数日後、「やっぱり狸はいるのだ」と決定づける出来事が起こったのだ。とても悲しい形で。

目白駅から高田馬場方面ではなく、目白通り沿いを明治通りの方へまっすぐ、やはり学習院大学沿いの道だった。
その時は最初の遭遇に反して真昼間。目白通りはそれなりに交通量の多い二車線の道路で、向かい側には小学校もありバス通りにもなっていて、昼間の時間は人通りも多い。その道を、稽古場へ向かって歩いていた。側道に立ち並ぶ街路樹の一本、その根元に彼はいた。
(た、狸っ・・・!)
私は驚いて足を止めた。
―狸は街路樹の根元に横たわっていた。静かに目を閉じて。
道路に出てしまい車に轢かれたのだろうか。大きな外傷はなさそうだったが、狸は完全に息絶えていた。きっと事故に遭った狸を見つけた優しい誰かが、街路樹の根元に寝かせてくれたのだろう。
車の走る音、小学校から聞こえてくるにぎやかな子供の声、大学のキャンパスから聞こえてくるチャイムの音、ガヤガヤとした町の音の中で、白昼の明るい日差しの、はっきりとした現実の中で、その時初めて狸の顔をじっと見た。
(狸・・・狸はおったんじゃ・・・狸は・・・)
確信と哀しみを胸に、その場をあとにした。

以後、界隈の数人の先輩や後輩からも、「狸を見た」「狸の親子を見た」という話を聞いた。
狸は一匹ではなく、学習院大学で脈々とその生態系を作り上げていて、時たま気まぐれに森の中から顔を出すらしいのだ。森と言っても、大学の敷地内なのでそんなに完全な‘森’というところではないはずなのだが・・・

その時何度か出会った狸のことを思い出すと、あの

チッタカチッタカター

という、ちょっと聞いたこともないような軽快な足音が脳内によみがえる。


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